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広島地方裁判所 昭和39年(行ウ)5号 判決 1965年11月17日

原告 伊村シズヨ

右訴訟代理人弁護士 原田香留夫

右同 阿左美信義

被告 安芸郡倉橋町長 城戸薫

被告 安芸郡倉橋町

右代表者町長 城戸薫

右被告両名訴訟代理人弁護士 鈴木惣三郎

主文

一、被告安芸郡倉橋町長が、昭和三八年一二月二八日付で原告に対してなした免職処分を取消す。

二、被告安芸郡倉橋町は、原告に対し金一四三、〇〇〇円を支払え。

三、訴訟費用は被告らの負担とする。

四、この判決は、第二項に限り仮に執行することができる。

事実

≪省略≫

理由

被告町は、普通地方公共団体であり、被告町長城戸薫は、右被告町の長であること、原告は昭和三〇年二月被告町の雇員に採用され、以後被告町立診療所使丁として勤務していたが、昭和三八年一二月二八日、被告町長から地方公務員法第二八条第一項第一号及び第三号に該当する者として免職処分に付されたことはいずれも当事者間に争いがない。

そこで本件免職処分の理由の有無につき順次検討する。

(一)  原告が職務に忠実でないとの主張について。

右事実の証左たる≪証拠省略≫は、次の認定事実に照らし措信できず他に右事実を認めるに足る証拠はない。

≪証拠省略≫によると、原告は早朝から夜遅くまで診療所の掃除、外廻りの雑草取り、患者の世話等使丁としての仕事を真面目に勤め、その在勤中一度も欠勤したことがないとの事実が認められる。確かに本件診療所は、あまり清潔でなかったようであるが、右各証言によると診療所には患者が多く、そのなかには土足のままで所内に上がる者等もあって原告一人ではなかなか掃除もいきとどかず、これをもって原告の怠慢の故とは解し難い。

また免職処分理由書(甲第二号証)によると、昭和三六年一〇月頃、本件診療所に火事が発生した際、原告が真先に逃げたことが処分理由の一になっているが、この事実を認めるに足る証拠はなく、かえって証人上瀬信一、同大下政人の各証言によると、原告はバケツリレーに加わるなどして消火に努めたことが認められる。

本件全証拠によっても、原告が診療所の戸締りや火の用心を怠ったとの事実は認められない。

(二)  原告の態度が横暴であり患者らと摩擦が絶えないとの主張について。

≪証拠省略≫を綜合すると、原告は、言葉が乱暴であるため誤解されるようなこともあって、一部の患者や職員との間に、摩擦があったことは認められるが、これらの大部分は、土足で所内に上がったり所内で飲酒したりする者に対して原告が注意したことからの摩擦、或は個人的な関係での摩擦であり、多くの患者は原告の親切さを認めているようである。このことは多数の患者や職員が本件免職処分の取消を求める歎願書(甲第五号証、第六号証の一ないし九、第七号証の一ないし三)に署名していることからもうかがえる。

(三)  原告が上司の命令に従がわないとの主張について。

被告らは、右事実の証左として診療所事務長が原告に対し本件退職勧告をしたとき、原告がそれを聞かずに退去したこと、又本件免職辞令を交付しようとしたとき原告がこれを拒否したこと、を挙げるが、これをもって本件免職処分の理由になし得ないこと明白である。

また原告が仕事を怠るので再三注意したが聞かないと云うが前記のとおり原告が仕事を怠っていたとは認められず、他に原告が上司の命令に忠実でないことを認めるに足る証拠はない。

(四)  公用物の私用について。

原告が被告町の使丁に採用されてから昭和三七年一〇月頃まで、本件診療所に寝泊りし、その間公用物たる布団、炭、薪などを使用していたことは、当事者間に争いがないが、≪証拠省略≫によると、原告は、当時の被告町の町長であった訴外上瀬信一から宿直員としてこれらの使用を許されていたものと認められるから、何ら非難されるべきことではない。処分理由書(甲第二号証)によると、原告が、「右布団は町長から、もらったものだ。」と云ったとのことであるが、これを認めるに足る証拠はなく、現に原告は診療所を出るに当りこれを被告町に返還している。

(五)  本件全証拠によっても、原告が患者の秘密を漏らし、また診療所の営業を妨害したとの事実は認められない。

(六)  原告は、老令ではあるが、それがため使丁としての仕事に支障をきたすと認めるに足る証拠はない。

免職処分は、処分理由書に掲げられた原告の個々の具体的行為そのものを処分理由とするものではなく、これら具体的行為を綜合して客観的に認められる勤務実績の不良及びその職に必要な適格性の欠如を事由とするものであって、この判断は任命権者である被告町長の裁量に係るものではあるが、この裁量は、客観的事実に裏打ちされた合理的なものでなければならないのは当然である。

本件において、前記認定のとおり処分理由書に掲げられた事実の大部分は認めることができず、そのなかには虚構の事実ではないかと疑わせる部分もある。例えば、原告が仕事をするように注意された際、「自分は小使であって掃除婦ではない」と云ったとの部分につき、被告町長は事務長から報告を受けたと云い、事務長城戸盛登は、そのようなことは耳に入っていない処分理由書は院長と相談して下書きを書いたと云い、院長三木千尋は、そのようなことは聞いていないと証言する如きである。

本件免職処分理由書は、≪証拠省略≫によると、昭和三九年一月頃原告から再三請求があったため急遽作成されたものであることが認められ、右認定に反する≪証拠省略≫は措信し難く、このような事実からみて本件人事には不明朗な点があるように思われる。

以上諸般の事情を考慮すると、本件免職処分は、被告町長がその裁量を誤った違法な処分であると認めるのが相当であるからその取消を免れない。

次に、原告が本件処分当時、被告町から月額一三、〇〇〇円の給与を受けていたことは、当事者間に争いがないところ、本件免職処分が取消された場合には、被告町は、原告に対し被告町の雇員として従来どおり給与を支払う義務がある。

よって原告の被告らに対する請求はすべて理由があるからこれを認容し、訴訟費用につき民事訴訟法第八九条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条第一項を、それぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 原田博司 裁判官 雑賀飛龍 河村直樹)

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